まだ少し待っててね

20歳の次男が2017年4月に自死しました

検案書

刑事に教えられた診療所は、宿から離れていた


前日に「ここから近いですから」と言われたのだが、

山道の20kmは、かなり遠く感じた


診療所の待合室で、受付の人に呼ばれた

「この度は大変な事になりましたね」

私は「はい」としか答えられなかった


封筒の中身は、“死亡診断書"に斜線を引かれ、“死体検案書"となっていて、

会計は4万円弱だった


そっか、これを貰うのは有料なのか…

そんな事を考えていた



死亡したとき…4月29日頃(推定)

死亡したところ…〇〇北方500mの山林内


山には名前が無く、住所がない

近くの交番の住所が書いてあった


(ア) 直接死因…乏酸素性窒息

(イ) (ア)の原因…意識消失

(ウ) (イ)の原因…空気遮断


死亡までの期間…短時間


外因死の追加事項…5月3日午前8:30山林内に

はられたテント内でビニール袋を頭部にかぶり

ヘリウムガスをホースで引き込んで死亡している所を発見された




帰りの山道を、泣きながら運転した

警察署に着くと、駐車場で葬儀屋が待っていた


検案書の裏は死亡届になっている

「氏名の所から記入して下さい」葬儀屋に言われペンを渡された


この子が産まれた時には、赤い出生届を書いた

名前の漢字を決めて、届に記入する時は幸せだった

何故、こんな黒い紙に名前を書いているんだろう…


涙が止まらず、刑事が私にティッシュを箱ごと渡した


葬儀屋は「これから旅立ちの支度をするので、昼の1時に、また来て下さい」と、

私が記入した死亡届を受取り、役所に向かっていった



子供達が中学生くらいまでは、よくスキー場に行っていた

次男は幼稚園に入るとスキーを始めた

あまりエッジを使わず、直滑降で滑ったりするので、

見ていて怖かったが、怪我をした事は無い


多い年には、1シーズンで20回ほど行っていた

私はスノーボード、次男はスキーで、よく一緒に滑った


私も風の音を聞き、綺麗な山を見ながら滑るのが、好きだった