まだ少し待っててね

20歳の次男が2017年4月に自死しました

7回目の命日

母は、はっきりと「(私)よりも、自分の幸せとお父さんが大切だから」と言った


新しい父親と、うまくいかなかった私は、高校2年生(16歳)の時に

「出ていけ」と着ていた服1枚で、家を追い出された

親が留守になる正月を待ち、自分の洋服などを取りに行こうとすると、

既に鍵交換されていて、家に入る事が出来なかった

私は驚いたが、友達は「(私)ちゃんの親だから、そういう事するよ」と誰も驚かなかった


家を出される直前の私、友達の家で



うちと似た家庭環境の友達が、同じクラスに居た

「新しい父親とは住みたくない、苗字も変えたくない」

だから、その子は高校に入学後、一人暮らしをさせて貰っていた

その友達のお母さんや、中学の友達の両親からも、

「うちから学校に通いなさい」と言われ、周りに同情された

私は公立高校だったが、バイト代だけでは、学費と生活費が足りないな…と考え、

高校を中退することに決めた


その後、住込みで働き始めたが、

前夫に「結婚しよう」と言われ、同棲を始めた

長女がお腹に出来た時、私と前夫は17歳だった

おめでたを告げられた産婦人科で「産んでくれ」と言われた時には

「私に初めて家族が出来たんだ」と幸せを感じた


それから子供が4人に増え、その後、前夫とは離婚してしまったが、

私と子供達との“家族の結束は、とても強い"と思っていた


私は普通の環境で育ってないし、嫌な事も沢山あったから、

メンタルが鍛えられたのか、少しの事では悩まなかった

「なるようにしかならない、でも必ずなんとかなる!!」

いつもこれで乗り越えられた

子供達との幸せな生活と相殺したら、

嫌だった思いや体験なんかは、忘れてしまうくらい些細な事だった


本当に私は幸せ者だと、心から思っていたのに、

次男が居なくなり、本当に私は不幸だと思った


何故、私は子供の頃から酷い目に合わされてるんだろう?

ただ平凡に暮らせるだけで幸せなのに…


でも次男が逝ってしまった事に比べれば、

両親の喧嘩や、父の自傷行為、母の男が私のベッドに来てた事、

再婚した養父の沢山の嫌がらせ、

それらは全部、全然大した事ではない


次男が逝ってしまった事は、

私が今まで生きていて、1番耐えられない出来事で、

これまでの打たれ強い私でも、流石に打ちのめされた


前世の私は、とてつもない大悪党だった?

現世の私は、罰を与えられているのかな?

そう考える様になった





次男と私のLINEのやりとり

洗濯しようとしたら白黒猫が、洗濯機に乗っていた

私が送った2枚の画像は、次男の携帯にちゃんと保存されていた


明日の夜になったら、この月をめくる

そうしたら、次男の買ってくれたこのカレンダーは、

最後の1枚になってしまう