まだ少し待っててね

20歳の次男が2017年4月に自死しました

母の溺愛①

私が長女を出産した時、弟は中学3年生だった


私の高校受験は、公立1本で「落ちたら働けば?」と、母に言われていた

弟は「私立を単願で受験させる」と聞いた

(元)私の部屋にはエアコンが設置され、弟の勉強部屋になっていた


両親は、バブルで高値になったマンションを売り、

祖母(母方)の家の近くに、3階建ての家を高値で建てると言った

私は最初から反対をした

父の会社から遠い田舎に家を建てても、

いずれ色々と行き詰まるだろうという事くらい、

子供の私にもわかる話だった


家を建てている間は、祖父が亡くなってから、

一人暮らしをしていた祖母の家に仮住まいしていた

父は新幹線通勤をする事になったが、

会社から支給される交通費を大きく上回る定期代は、

毎月8万円の赤字になった

弟は、引っ越し先の高校に単願で入学した


長女が1歳の時に新居が出来た

「暖炉が夢だったから作った」と、母は言っていた

薪があって燃えてる様に見えても、実はなんちゃって暖炉(ガスストーブ)



母は、弟が小さな頃から溺愛していた

弟が大学受験の時には、本命の私大の他に、滑り止めを4つ受けさせた

遠方の受験先には、母親同伴の泊まりで行った

結局、本命に受からずに、弟は我儘を言った

「滑り止めには行かない、浪人するから」



翌年、弟は本命の大学に合格し、母は大喜びで

「入学祝いあげてよ」と私に言った

私は次女を妊娠したばかりで、金銭的に余裕が無かった

「3万円でいい?」と母に聞くと

「ケチだね、たった1人の弟なんだから最低でも5万円は包みなよ」

と言われ、仕方なく5万円包んだが、弟に礼を言われる事は無かった


「(弟)まで新幹線で通学をさせる余裕が無いから」と、

祖母(父方)の家に下宿させた筈だったのに、

母は毎月、弟に15万円の仕送りをさせられていた

「これだけしか貰えない自分は苦学生だ」

弟は、いつも愚痴っていた

家賃も食費も掛からないのに、何に使っていたのかは不明だ


「バイトくらいする様に、お母さんに言わせなよ」

と、祖母(父方)が私に言うので、そのまま母に伝えると

「あの子はフェンシングやボクシングで忙しいんだから、バイトは無理だから」

と、突っぱねた


私は高校生の時、毎日夕方5時から10時まで、本屋でアルバイトをしていた

私には、学校までの定期代も昼食代も、私のバイト代から賄わせてたのに、

エラい大違いだな…と笑うしかなかった





母と弟と私、祖父の店の前で


祖父の家は、私の曽祖父の祖父が江戸時代末期か、

明治に入った頃に建てた


関東大震災と、津波も2度あっている

大好きな大黒柱があったこの家は、祖母が亡くなった1年後に取り壊し、

今は知らない人が家を建てて住んでいる