まだ少し待っててね

20歳の次男が2017年4月に自死しました

戻れない

子供の頃、この時期になると、必ず髪を切りに行かされた

短くしたくない私と弟は、泣いて嫌がることがあった



私は、美容室での世間話が苦手だ

話しかけられるのが嫌だから、読みたくもない雑誌を開く


「お仕事は何をされてるんですか?」

「今日はお休みなんですか?」

どこの美容室へ行っても、そんな質問ばかり…

「聞いてどうするの?」

そう言いたかった


そんな会話を煩わしく思い、何年か前からは美容室と、指名の美容師を決め、

「話は、したくない」と断った

カットは2~3ヶ月に1回、カラーとトリートメントは毎月していた


うちの子達で、私が美容室へ行ったことを、

最初に気付くのは、いつも次男だった

「今日の髪の毛はツヤツヤだね」

男の子なのに、よく見ていることに驚いた

長女と次女はカットには気付くが、トリートメントには気付かず、

長男と夫は、美容室に行ったことさえ気付かない



2年前、今の家へ引っ越して来てから転職をした

仕事柄、ネイルはやめたが、次男が居なくなるまでは毎月、

美容室やマツエクのサロンに通っていた



美容室へは行きたくない

自分でカットをしてカラーを入れ、トリートメントをする

マツエクを付けることは今後ないし、

洋服もある服だけでいいから買わない


次男が居た頃の私には、もう戻れない



長女が幼稚園の時に、桐生の動物園と遊園地に行く途中、

偶然、見つけた“ぐんまこどもの国"

楽しくて、よく遊びに行った

サマーボブスレーがあって、私と子供達は、よく滑った

アスレチックや、水遊びも出来て、プラネタリウムもある

児童館があるから、雨でも1日遊べる公園だ


鬼怒川のグランデイソーラ

ここはゴーカートに乗ることが出来る


もう無くなってしまった、ウエスタン村

1度きりしか行ってないが、あまり楽しくなかったかも…


射的や、日光ワンニャン村、猿軍団、ロープウェイに乗ってお猿の山や、釣堀にも行った


冬のスノーボードは、鬼怒川のホテルか民宿に泊まり、

スキー場は、エーデルワイスか、ハンターマウンテンに行くことが多かった

夏に鬼怒川ライン下りに行くと、そこで働いてる職員が、

エーデルワイスのレンタルコーナーのおばさんだった

「夏の仕事は、こっちなのよ~」

話しかけられて驚いた

頻繁に行っていたから、私達は覚えられていた

百人一首

たち別れいなばの山の峰に生ふる
まつとしきかば今帰り来む(在原行平)



次男の誕生日の次の日、うちのキジトラ猫が家から消えた
来年19歳を迎える老猫は、完全室内飼いで、外に出たことが無い


いつもだったら、私がベッドから出ると、足元にまとわりつく

ご飯をあげる時も、スリスリと私の足に顔を擦り付けるキジトラ猫が、
7日の朝は名前を呼んでも姿を見せなかった

寒いから子供のベッドで爆睡しているのかな?と思い、
私は通院している病院へ出掛けた
帰りに、キジトラ猫が大好物のおやつ、“焼きかつお"をまとめ買いし、帰宅すると、
いつも玄関でお出迎えする猫達が、白黒猫しか居なかった


家中のクローゼットやTVの裏、ベッドの下などを探したが、キジトラ猫は見つからず、
神隠しにあった様だった


キジトラ猫は、食欲があり元気だが、最近は認知症気味で動きが緩慢になり、
去年の夏からは、てんかんが始まった
動物病院に連れて行っても、原因がわからないと診断されたが、
私は、ネットで見た“トムとジェリー症候群"かもしれないな…と、思っていた
初めての発作は携帯の目覚ましで、それからはビニールの音にも反応し、
今では頻繁に、てんかんの発作を起こす様になっていた



夜になってからは、家族全員で近所を探したが、見つからなかった
私達の隣で、ぬくぬくと安心してお昼寝していたお爺ちゃんのキジトラ猫が、
この寒空の中、外で生きていける訳がない



おまじないをすれば、猫が帰ってくるかもしれない
私は、猫の餌皿の3ヶ所に“寅"と書き、その中に百人一首を書いた紙を入れて、
皿を裏返し、玄関の外に置いておいた


それから2週間が経つ
次男が守ってくれている、きっと帰ってくる…そう思っている



これは、うちの猫たちではない

偶然、似てるのを見つけた

よく見ると顔は全然違う



子供達も夫も「写真を見せて描いて貰ったのかと思った」と驚いてたが、
偶然、うちの子達に似てるな…と思って見つけて購入した
次男もこの絵葉書を、よく眺めていた



キジトラの紹介


長女がキジトラ動画を撮っていた

声変わりする前の次男が、

「右手です」「耳の裏、ふわふわ」「髭が無駄に長い」「にゃおー」と言っている

くちなし

2年前の7月まで我が家に居た犬は、散歩が大好きで、

無駄吠えを全くしない、おとなしい子だった



長男が産まれた頃、前夫が、私の祖母(母方)に借金をした

私が前夫と離婚した時、借金はまだ40万円残っていた

「前夫の借金は私が返すから」と、祖母に言うと

「1人で4人も育てて大変なんだから、少し余裕が出来て、

貯まってからでいいからね」

と、言われた


平成17年5月、子供達を連れて祖母の所に遊びに行った

「夏のボーナスで全額貯まるから、お盆には揃えて返せるからね、長い間ありがとう」

その2ヶ月後、祖母は亡くなった


祖母の通夜の後、母の兄弟が遺産を分ける話をしていた

「前夫が借りたお金、お盆に返すって約束してたから…」

と、私は現金の入っている封筒を出した

「まだ子供達にお金が掛かるんだから、これは貰っておきなさい」

叔父(母の弟)と叔母(母の妹)が言った


うちには既に飼猫が居たが、皆で話し合い、そのお金で犬を飼うことにした

平成17年8月、家族が増えた


犬の散歩の相手は、私と次男が一番多かった

私も次男も、桜が綺麗な春から初夏にかけての公園が大好きだった


毎日、この遊歩道を歩いた


6月くらいには、くちなしの甘い香りがする

「ぼくね、くちなしの香りが大好きなんだ」

小学生だった次男が言った

「次男くんも好きなの?ままも大好きなんだよー」

私は、なんか嬉しくなった


遊歩道が、甘くなる


散歩中に、知らないおばさんが話し掛けてきたことがあった

「うちの子が、雀の雛を口に入れちゃったんです

どうしましょう?」

大きなゴールデンレトリバーの口を次男が開き、雛を取り出すと、おばさんは

「雛、なんとかして下さい」

と言って、去ってしまった

次男は、涎でびっしょりの雛を両手で持っていた

「どうしよう…」

「雛って巣から落ちたら、もう駄目なんじゃないの?

木の下に置いておくしかないかもね?」


この子は枝が好きだった

見つけると、カミカミ

枝を咥えながら散歩することもあったから、

人に笑われて恥ずかしかった


次男が中学にあがり、夕方、私が1人で犬を散歩していた時に、

遠くで男の子が、お年寄りを揺すっているのが見えた

「大丈夫ですか?誰か、助けて下さーい」

近づくと、それは次男だった

公園の遊歩道の横が通学路だった次男が、

「何気に公園を覗いたら、いきなり、おじいさんが倒れたから驚いて…」と言っていた


私は「救急車を呼びましょうか?」と聞いたが、

「すぐにおさまるから大丈夫です」と言われたので、

とりあえず、抱き抱えてベンチに座らせ、

公園の管理事務所のおじさんに、様子を見て欲しいと頼んだ


その後、次男と一緒に帰った

「母さん、やっぱり凄いね

おじいさんを抱えて、ベンチに座らせられるんだもんね」

「仕事で、やってるからね」

その当時、私は特養で働いていた



ここに引っ越してきてから、家の花壇に、くちなしを植えた

最近は葉が落ち、枝だけになっている

来年の6月に花が咲き、甘い香りを出すと、

私はまた、次男と犬の散歩をしたことを思い出す