まだ少し待っててね

20歳の次男が2017年4月に自死しました

初盆と納骨

2年前のお盆に、私は「また来年、皆で来ますから」と、お父さんに言ったが、

去年は彼氏が転職したばかりで忙しく、行く事が出来なかった


次男は、東北の家に行くのを楽しみにしていたので、とても残念そうだった

「来年こそ行こうね」

そう言っていたのに、お骨で行く事になってしまった


お骨は少し分骨し、お友達の手紙は入りきらないので、

次女の手紙と、高校の先生のくれた富士山の登頂旗だけを骨壷にしまい、連れて行った


今年、8月13日に日付が変わると、

仕事を休めなかった長男を除いた家族で、車に乗り込んだ

今回は、5月末に免許を取得し、6月末に入籍した夫の運転で東北に向かう


彼の実家に着くと、2年前と同じ様に、玄関で皆がお出迎えをしてくれた


着くなり、お母さんは料理を並べ始めた



仏壇の周りには、沢山のお花を飾ってくれている

この間、高校の先生が持って来てくれた、卒アル写真の額を遺影に渡すと、眺めながら

「次男くん、イケメンだったのにね、勿体ないことしたね

お花、いつもより奮発したからね」

お母さんは、次男のお骨と位牌を並べながら、

涙を流していた


14日の昼過ぎ、お坊さんが家に来て、お経をあげた

曹洞宗という宗派で、初めて聞くお経だった

桜の木で作った位牌に、次男の魂が入った


それから水田の中にある墓地へ向かう

2年前、お父さんと一緒に、次男は墓掃除をした

その墓石が開けられると、次男のお骨は、夫の祖父母と並べられた


長男が2年前に撮った次男

たぶん墓地の辺りではないかと思う


大好きな水田や畑に囲まれて、次男のお骨は眠る事になった



15日の夜、花火大会があった


毎年、色々な場所でやる花火大会に、子供達を連れて行った事を思い出す


次男が小さな時「た~まや~」と大きな声をあげるから、

周りの人達がこちらを見るのを、私は恥ずかしく思っていた


かき氷や焼きもろこしを口に頬張って、

「綺麗だね~」と花火を見ていた次男は、

何処へ行ってしまったんだろう…


花火大会の帰り道、星がとても綺麗だった

4回くらい流れ星を見て、お願いをした

「次男くんが帰ってきます様に」



16日の夜、初めて見る盆踊りに驚いた

私が子供の頃に踊っていた物とは全然違う

お囃子は明るいが、なんとも妖艶な雰囲気で、

踊れない人が飛び入り参加する様な物ではなかった


“死者を慰める、鎮魂する"という意味があると知った盆踊りを

私も今年から踊ろうと思っていたが、

これは何年か練習しないと無理だな…

そう思った


亡くなっている夫の祖母は踊りの師範で、お父さんは小さな頃から仕込まれたそうだ

夫は子供の時、全く興味が無く、今になって

「習っておけば良かった」と言い出したので、

お父さんに「教えてあげて下さい」と頼んだ



次の日の朝、彼の実家を出て夜に帰宅すると、

少しだけ分骨した次男のお骨を見て、また寂しくなった

そして私は、サービスエリアかどこかで、

鞄に付けておいた遺骨ペンダントを落としてしまった事に気が付いた

いつも大切な物を無くしてしまう私は、本当に大馬鹿者だ


この間、長男が彼女と宮島と尾道に旅行してきたが、

ペンダントの代わりに、次男のぬいぐるみを連れて行っていた

2年前のお盆

2年前の8月11日、私達家族5人は夜中から、車で東北へ向かっていた


爆睡している子供達を盗撮

次女と次男は、同じ寝顔をしている


長男は踏まれて、後部座席はぐちゃぐちゃだ



「年内には結婚前提で一緒に住もう」

そう言っていた彼氏は、一足先に新幹線で帰っていた


彼氏の実家に着くと、玄関で

「遠いのによく来てくれたね~」

と、彼氏の両親と弟夫婦に1歳半の甥っ子が、迎えてくれた


「疲れたでしょう、あがってあがって」と言ったお母さんは、

耳が聞こえないので、筆談で挨拶をする


ホテルの厨房で働くお母さんが、2つ並べたテーブルに、

てきぱきと皿を並べていく


まだ昼過ぎなのに、凄い量の料理に圧倒されていると

「年に1回だけだから、こうやって振る舞うのを楽しみにしてるんだよ」

彼氏が言った


彼氏の実家は明るく笑いが絶えない

次男は「じーじの家(私の実家)とは、大違いだね

明るくていいな…楽しい」と言った


飲めないお酒をグラスに注がれると

「僕はまだ未成年だから」と一旦断り、

少し飲むとダウンした


次の日、次男はお父さんと一緒に、

墓掃除のお手伝いに行った


長女は仕事がある為、1泊で帰った

お父さんに「16日の夜からの盆踊りを見ていけばいいのに…」と言われたが、

私と彼氏は15日から台湾に行く事になっていた


「また来年、皆で来ますから」

私達は2泊すると、彼氏の実家を出た



私は3回目の台湾だった

九份は2回行ったが、十份は初めてだった

この電車が居なくなると、一斉に線路に立ち

4人で願い事を書いたランタンを、

ラプンツェルの様に空に飛ばす

私達が書いたランタンは、木に引っ掛かり燃えてしまった

その時は「不吉だ」「なんで、うちらのだけ~」と言いながらも、

おかしくて、彼氏と他の人達と笑って見ていた


あの時、木に引っ掛からずに空に消えていけば、

私の願い事は叶った?


“家族全員 元気で楽しく幸せに過ごせますように"


当たり前だと思っていた日常は、当たり前では無かった…

とても恵まれていたんだ…


次男というピースが欠けてしまった私は、もう幸せが完成する事はない

たぶん私が死ぬ時まで、次男が逝く前の様な幸せは感じられないんだろう

御来光登山

8月、長女は次男と登る予定だった富士山に、ボルダリング仲間と向かった

次男の登山アイテムのリュック、トレッキングポール、ヘッドランプ、

シュラフ、雨具を持ち、遺骨ペンダントの次男を連れて行く


長女は、9.5合目の山小屋でご飯を済ませると、御来光登山に備え、すぐ眠った


写真で見ても凄さが伝わる


太陽を、指でつまむ長女


本当は、ここに次男も居る筈だった


雲海


影富士も綺麗だ


お鉢周りした後、焼きうどんを作って食べたら、

とても美味しかったそうだ


高校の担任の先生がくれた登頂旗とは違うデザインだ

先生の旗は旭日旗で、おめでたい感じがしたが、

日の丸に変わっている



祖母の13回忌から帰ってきた夜、

高校の先生が「今度は卒アルの写真が出てきました」と、

大きく引き伸ばして額に入れた写真を、持ってきてくれた

先生は「次男くんの友達と、お盆に富士山に登って来ますね」と言っていた




次男くん、

逝かなければ、一緒に富士山に登れたんだよ

本当にお馬鹿なんだから…ね